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仙台地方裁判所 平成6年(ヨ)151号 決定

債権者

有限会社最上俊一郎商店

右代表者代表取締役

最上俊一郎

右代理人弁護士

増田隆男

増田祥

内田正之

債務者

江崎グリコ株式会社

右代表者代表取締役

江崎勝久

右代理人弁護士

井上定明

主文

本件仮処分の申立てをいずれも却下する。

申立費用は債権者の負担とする。

理由

第一  申立ての趣旨

一  主位的申立ての趣旨

1  債権者が債務者に対し、債権者と債務者間の平成元年五月三一日付け運送委託契約に基づき、平成六年四月一日から本案判決確定の日までの間、債務者から継続して債務者の製品及び物資等の貨物の運送の委託を受けるべき地位にあることを仮に定める。

2  債務者は、債権者に対し、平成六年五月一日から本案判決確定の日まで、毎月一五日限り一六八六万六八九三円を仮に支払え。

二  予備的申立ての趣旨

1  債権者が債務者に対し、債権者と債務者間の平成元年五月三一日付け運送委託契約に基づき、平成六年四月一日から平成七年五月三一日までの間、債務者から継続して債務者の製品及び物資等の貨物の運送の委託を受けるべき地位にあることを仮に定める。

2  債務者は、債権者に対し、平成六年五月一日から平成七年五月三一日まで、毎月一五日限り九一二万三七七五円を仮に支払え。

第二  事案の概要

本件は、債権者が、(一)主位的に、債務者との間に期間の定めのない冷菓製品等の運送委託契約が存続しているとして、その契約上の権利を有する地位を仮に定めること、及びその委託運送取引から生ずべき債権者の月間利益(債権者の過去の月平均売上額から月平均軽油代を差し引いた金員)の仮払を求め、(二)予備的に、債務者との間に右契約が平成七年五月三一日まで存続するとして、その契約上の権利を有する地位を仮に定めること、並びにその委託運送取引に依存する債権者及びその関連会社の月間固定経費の仮払を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  当事者の概要

(一) 債権者は、昭和四六年二月一日に設立された貨物運送の取扱いを主たる業務とする有限会社であり、その関連会社として、貨物自動車運輸業を目的とする最上運輸株式会社(最上運輸)及び有限会社仙南流通(仙南流通)がある。

(二) 債務者は、大阪に本社を有し、菓子、食料品の製造及び売買等を主たる業務とする一部上場企業の株式会社である。

2  債権者と債務者との取引の経過

(一) 債務者は、債権者設立前は、債権者の前身である最上俊一郎商店(債権者の代表者である最上俊一郎の個人商店)に対し、同設立後は、債権者に対し、債務者の冷菓製品等の運送を継続的に委託してきたものであり、その運送委託の期間は、少なくとも二七年間の長期に及んでいる。

(二) この間、債務者と債権者は、昭和五三年四月一日、昭和五六年四月一日及び平成元年六月一日に運送委託契約書を作成しているが、これらの契約書中には、「契約の有効期間は一年間とする。ただし、期間満了一か月前までに当事者のいずれからも別段の意思表示がない場合は、さらに一年間有効とし、じ後もこの例による。」旨の定めがある。そして、債務者と債権者は、右各契約書及びこれらに付帯する運賃の協定書を作成した以外には、特に更新手続をすることなく、右運送委託契約を存続させてきた。

(三) ところが、債務者は、債権者に対し、右運送委託契約のうち、債務者の冷菓製品の生産工場から全国各地の物流倉庫への長距離運送(広域運送)の委託を、平成六年三月三一日をもって終了させる旨の同年二月二八日付け書面を持参して交付した。

3  その後の事情

債務者は、平成六年四月一日以降、株式会社ランテック(ランテック)に対し、債務者の冷菓製品の広域運送を全国的に一元化して委託した。

二  争点

本件の主要な争点は、(一)債権者と債務者との間の運送委託契約(本件契約)が一つであり、その期間が平成六年五月三一日までであるのか、本件契約が二つであり、そのうち区間運送に関する契約の期間が平成六年三月三一日までであり、チャーター運送に関する契約の期間が同年五月三一日までであるのか(契約の個数及び期間)、(二)本件契約が期間満了後も期間の定めなく又は一年間存続しているか否か(被保全権利の存否)、(三)債権者に本件契約上の地位保全及び金員仮払の仮処分の必要性があるかの三点であり、これらに関する当事者双方の主張の要旨は次のとおりである。

1  債権者の主張

(一) 契約の個数及び期間

本件契約は、昭和六三年以前は、毎年三月三一日が形式上の期間満了時であったが、平成元年六月一日、チャーター運送の運賃を含む運賃一般の改定がされた際に、チャーター運送だけでなく、区間運送についても、その契約書上の期間を平成二年五月三一日までと改定したものであり、もともと契約は一つである。

(二) 被保全権利の存在

(1) 継続的契約における解約権の制限

債権者と債務者の本件契約に基づく取引関係の左記のような実態と特質に照らせば、本件契約の条項に、有効期間一年、期間満了一か月前までに別段の意思表示がない場合はさらに一年間有効とする旨の定めがあったとしても、それは、期間満了一か月前の当事者の一方的終了の意思表示によって契約を終了させ得るものと解するのは妥当でなく、契約を存続させることが当事者にとって酷であり、契約を終了させてもやむを得ないという事情がある場合には、解約を告知し得る旨を定めたものと解するのが相当である(札幌高裁昭和六二年九月三〇日決定参照)ところ、本件においては、右のやむを得ない事由は存しないから、債務者が平成六年二月二八日付けで行った広域運送に関する契約の解約の意思表示は無効であり、本件契約は依然として存続しているものというべきである。

① 本件契約は、債権者の前身である最上俊一郎商店の時代を含めると、昭和三八年以来三〇年以上の長期にわたって継続されてきたこと

② そして、本件契約は、この間、昭和五三年、昭和五六年及び平成元年に契約書が作成された以外には、特に更新手続がされることなく、自動的に更新されてきたこと、したがって、本件契約の有効期間一年の定めも、せいぜい運賃の改定等を主眼とした見直し期間といった程度の意味しかもたなかったこと

③ 最上俊一郎商店が昭和四六年に法人化し、債権者が昭和五〇年から五一年にかけて最上運輸を買収し、昭和六二年に仙南流通を設立したのは、専ら本件契約を円滑に遂行するためであったこと

④ 債権者は、いずれも債務者の要請により、昭和六二年には、債務者の本社の近辺に位置する大阪府茨木市に大阪事務所を開設し、平成四年には、債務者専用のパレットの積卸しを容易にするため、最上運輸及び仙南流通のトラックにジョロダー装備(パレット輸送用のレール装備)を約六五〇万円の費用をかけて設置したこと

⑤ さらに、債権者は、平成五年には、債務者の冷凍冷菓を扱っているため、一日中機械を止めることができず、騒音が発生し、近隣住民からの要望もあって、かなりの投資をして本店を現在地に移転したこと

⑥ 本件契約に基づく運送を担う最上運輸及び仙南流通のトラック二八台は、すべて冷凍冷蔵車であること

⑦ 右③ないし⑥からも明らかなように、本件契約は、単年度の営業活動を前提としておらず、また、債権者は、本件契約に基づく運送業務を遂行するために、莫大な資本と労力を投入してきたこと

⑧ 債権者は、昭和六二年以降、本件契約に基づく運送業務を最上運輸及び仙南流通を通じて行ってきたが、最上運輸及び仙南流通の運送業務のうち、往復とも又は往路若しくは復路に、債務者の冷凍製品等の運送を行っていた部分が占める割合は、六〇パーセント以上であり、債権者、最上運輸及び仙南流通(債権者ら三社)の全業務における本件契約への依存割合は、終始六〇パーセント以上を占めていること

⑨ 冷菓製品については、各メーカーごとに流通網が系列化されており、債権者が新規に本件契約と同規模の運送委託契約を締結することは事実上不可能であること

⑩ 本件契約が債務者の主張どおり終了するものとすると、債権者は、売上が一挙に六〇パーセント以上も低下し、企業の存立に重大な影響を受けること、これに対して、債務者は、ほとんど犠牲を払うことなく、債務者の企図する合理化を推進することができ、年間で一二〇億円といった巨額の経費が節減されるとみられること

(2) 権利の濫用による無効

右(1)のとおり、債権者の業務は圧倒的に債務者に依存しており、債務者が優越的地位にあることは明らかである。こうした債権者と債務者間の取引の実態・特質にかんがみると、債務者の前記解約の意思表示は、自らの優越的地位を濫用した不公平な取引方法(一般指定一四項三号、四号)に該当し、独占禁止法に違反するものであり、権利の濫用として無効というべきである。

(3) 相当の予告期間

そうでないとしても、右(1)の諸事情からすれば、本件契約は期間の定めのない契約に転化したものというべきであり、少なくとも相当程度の予告期間を置かなければ解約はできないといわなければならない。そして、右の予告期間としては、本件契約の形式上の有効期間である一年間が相当であり、また、その解約の申入れは、本件契約の形式上の期間満了日である平成六年五月三一日にされるべきであるから、本件契約は、少なくとも平成七年五月三一日までは存続するものというべきである。

(三) 仮処分の必要性

(1) 本件契約が終了すれば、債権者は、売上が一挙に六〇パーセント以上も低下し、莫大な損害を被ることは明らかであり、刻一刻生じている損害は、本案訴訟の結果を待っていては、会社自体が存立できなくなるという意味で回復不能となることも、これまた明白である。

なるほど、債権者は法人ではあるが、債権者と債務者とのこれまでの取引経過、債権者の債務者に対する依存度等を考慮すれば、債権者も債務者からの運送賃によって初めて社会的実在として存立し得る点は、自然人たる労働者の場合と実質的に変わりはないのである。現に、本件契約に基づく運賃収入が途絶えることにより、債権者ら三社の従業員約四〇名が路頭に迷うことも明らかである。

(2) 右の諸事情にかんがみれば、債権者に生ずる著しい損害を避けるため、債権者の本件契約上の地位を仮に定める必要があることは明らかであり、また、債権者の存立のためには、仮の地位を定めるだけでは足りず、本件契約の存続を前提とする仮払金の支払が必要なのである。

(3) 右仮払金としては、債権者の債務者に対する平成四年度と同五年度における月平均売上額二一四二万三四五二円から債権者の右両年度における月平均軽油代四五五万六六一三円を差し引いた月額一六八六万六八三九円が相当である。

そうでないとしても、債権者ら三社の平成三年度から同五年度までの月平均固定経費は一五二〇万六二九二円であり、債権者ら三社の売上における債務者に対する依存割合は前記のとおり六〇パーセント以上であるから、右の月平均固定経費に六〇パーセントを掛けた月額九一二万三七七五円の仮払が少なくとも必要である。

2  債務者の主張

(一) 契約の個数及び期間

債務者と債権者との間には、昭和五六年四月一日付け運送委託契約書に基づく区間運送に関する契約(区間運送契約)と、平成元年六月一日付け運送委託契約書に基づくチャーター運送に関する契約(チャーター運送契約)との二つの契約が存在した。

このうち、チャーター運送契約は、平成元年五月にそれまで卸店配送を扱っていた業者が受託をやめたことから、その運送を債権者外一社に委託することとなって締結したものである。

(二) 被保全権利の不存在

(1) 広域運送に関する契約の期間満了による終了

① 債務者と債権者との間の昭和五六年四月一日付け区間運送契約書中には、前記のとおり、「契約の有効期間は一年間とする。ただし、期間満了一か月前までに当事者のいずれからも別段の意思表示がない場合は、さらに一年間有効とし、じ後もこの例による。」旨の定めがある。

② 右区間運送契約は、その後一年ごとに更新され、最後の契約期間は、平成五年四月一日から平成六年三月三一日までとなった。

③ 債務者は、平成五年一二月二〇日、債権者に対し、区間運送契約のうち広域運送に関する契約を平成六年三月三一日の期間満了をもって終了させる旨の意思表示をした。

(2) 広域運送以外の運送委託契約の合意解約による終了

債務者から債権者に対する平成六年四月一日以降の広域運送以外の運送(域内運送)の委託に対して、債権者は、同年四月一一日、債務者に対し、域内運送の委託のみには応じない旨を書面で通知したので、債務者と債権者間の域内運送に関する契約は、同日ころ、又は遅くともチャーター運送契約の期間満了日である同年五月三一日をもって、合意解約により終了した。

(3) 継続的契約における解約権の制限について

① 運送委託は、その性質上一回の契約ごとに完結するものであり、業務に代替性もあるから、それ自体が本質的継続性を有するものではなく、契約期間を一年と定めることに何ら問題はない。

また、債務者と債権者が、本件契約の期間を一年間とし、期間満了による終了の余地を残したのは、経済状況の変化等に対応するため、当事者が契約関係から離脱する自由を確保することを考えたからに外ならず、前記契約期間の定めは合理性があり、有効である。

② 本件契約には、契約の長期継続化を要求する特殊事情はない。

ア 債務者は、債権者に対し、大阪事務所の開設を要請していない。債権者は、同所に常温倉庫を有し、青果物運送の基地にしているとみられ、右事務所の開設は、本件契約の特殊事情とすべき事由ではない。

イ 債権者が、債務者の要請により、平成四年に最上運輸及び仙南流通のトラックにジョロダー装備を設置したこと、その設置費用として約六五〇万円を要したことは認める。しかし、パレット輸送が普及した現在、ジョロダー装備は、運送事業を営む上で通常要求される水準の装備であり、パレットも規格品で、装備に汎用性があるから、債務者との取引のために特別に要求された負担とはいえない。現に、債権者の保有車両のうち、ジョロダー装備の設置されたトラックのすべてが本件契約に基づく運送業務に供用されているわけではない。

ウ 債権者の営業の中で債務者との取引が大きな比重を占め、取引終了による影響が大きいことも認める。しかし、それは債権者の過去の事業経営の在り方から来ている問題で、債務者がその責任を負う理由はない。債務者は、債権者の営業について制約したり、専属的従事を求めたことは一切なく、独立の企業たる債権者の維持・存続は、基本的に自己の責任において図られるべきことである。

エ 債務者の冷菓事業部の年間支払運賃は二三億円に満たないのであり、広域運送の一元化による一二〇億円の経費節減などはあり得ない。

③ 本件の広域運送に関する契約の終了は、注文者の意思によるものである。注文者が誰に発注するか及び注文するか否かを自由に決定し得ることは当然のことであり、継続的契約であっても、注文者の意思による契約終了については、原則としてやむを得ない事由等の存在は必要でないと解される。

(4) 権利の濫用による無効について

企業が自由競争の範囲内でより有利な委託先と取引するため期間満了により契約を終了させることが、優越的地位を濫用した不公平な取引方法や権利の濫用に該当するはずはない。

(5) 相当の予告期間について

仮に前記区間運送契約が期間の定めのない契約に転化したとしても、債務者は、相当な予告期間を置けば、契約を解約し得るものである。そして、債務者の前記広域運送に関する契約終了の意思表示には、解約申入れの趣旨が含まれると解されるところ、右解約申入れは契約終了日の一〇〇日前にされているから、予告期間として相当なものというべきである。

(三) 保全の必要性の不存在

(1) 本件契約上の地位を仮に定める仮処分の必要性について

運送委託を受けるべき地位を仮に定める仮処分命令を発するには、債務者が任意に履行する可能性がなければならない。任意に履行する可能性がなければ、仮処分命令が発されても、当事者の現在の地位・状態に何ら変化を来すことはないから、債権者の地位を保護することについて何ら実効性がなく、仮処分制度の趣旨を逸脱することになるからである。

債務者が平成六年四月一日以降、ランテックに対し、債務者の冷菓製品の広域運送を全国的に一元化して委託したことは前記のとおりであるから、本件の場合、債務者に任意の履行が全く期待できないことは明らかである。

(2) 金員仮払の仮処分の必要性について

仮に債務者の前記広域運送に関する契約の解約申入れが、相当な予告期間を置いたものといえないとしても、不足分の期間が経過すれば契約は終了し、後は不足するとされた期間の債務不履行(取引拒絶)に基づく逸失利益の賠償の問題が残るだけである。そして、たとえその賠償請求が認められたとしても、債権者の決算書を見れば、それが少額にとどまることは明らかであるから、その仮払によって債権者に著しい損害が避けられるというものではなく、金員仮払の仮処分の必要性はないというべきである。

第三  争点に対する判断

一  争点(一)(契約の個数及び期間)について

甲二、四、乙四によれば、債務者は、平成元年五月までは、債権者に対し、昭和五六年四月一日付け運送契約書(甲二)に基づき、大型車による区間運送のみを委託してきたが、平成元年五月にそれまで卸店配送を扱っていた業者が受託をやめたことから、同年六月一日、債権者との間に、区間運送契約とは別に、チャーター運送契約(債務者が運送業者から月又は日単位で車両を運転手付で借り上げ、宮城県内及び一関市の卸売業者への配送に使用する契約)を締結したことが一応認められる。

なお、債権者と債務者間の平成元年六月一日付け運送契約書(甲四)が、チャーター運送のみを対象とするものであることは、その契約条項中に使用車種・台数に関する定め及び就業時間に関する定めがあることなどから明らかである。

したがって、債権者と債務者との間には、昭和五六年四月一日付け区間運送契約と平成元年六月一日付けチャーター運送契約の二つの契約が存在したものというべきである。

二  争点(二)(被保全権利の存否)について

1  前記争いのない事実と本件疎明資料並びに債権者及び債務者審尋の結果によれば、次の事実を一応認めることができる。

(一) 債権者と債務者との取引の経過

(1) 債務者は、昭和四二年に東北地方に進出し、以来、債権者の前身であり青果物の仲買を業としていた最上俊一郎商店に対し、債務者の冷菓製品等の運送を委託してきた(争いのない事実、債権者及び債務者審尋の結果)。

(2) 最上俊一郎商店は、昭和四六年二月一日、法人化されて、債権者が設立され、その後、債権者は、債務者からの要望もあって、昭和五〇年から同五一年にかけ、一般貨物自動車運送業の許可を有する最上運輸を買収し、さらに、昭和六二年五月二三日には、最上俊一郎の子である最上俊春が仙南流通を設立し、以後は右二社を履行補助者として債務者の冷菓製品等の運送を行ってきた(争いのない事実、甲一〇、一一、一三)。

(3) 債権者と債務者との間には、昭和五三年三月まで運送委託契約書が作成されずに運送委託が行われてきたが、同年四月一日、初めて運送契約書が交わされた。

同契約書によれば、①契約の有効期間は一年間とする、ただし、期間満了一か月前までに当事者のいずれからも別段の意思表示がない場合は、さらに一年間有効とし、じ後もこの例による旨、②契約期間中やむを得ない事由により契約を解約しようとするときは、その当事者は、相手方に対し、一か月前までに書面をもって予告し協議しなければならない旨定められている。

(以上、争いのない事実、甲一)

(4) ところで、債務者は、平成元年五月までは、債権者に対し、大型車による区間運送のみを委託してきたが、平成元年六月一日、これとは別に、債権者との間にチャーター運送契約を締結した(前記認定のとおり)。

そして、債権者と債務者との間には、区間運送については昭和五六年四月一日付け運送契約書、チャーター運送については平成元年六月一日付け運送契約書が存在するが、これらの契約書中には、昭和五三年四月一日付け運送契約書の前記契約期間及び解約に関する定めと同様の定めがある。ただし、解約に関しては、「契約期間中やむを得ず契約を解約しようとする場合、その当事者は、相手方に対し、一か月前までに書面をもって予告をして契約を合意解約することができる。」との表現に改められている(争いのない事実、甲二、四、乙四)。

(5) 債権者は、昭和四六年二月の設立以来平成六年三月まで、継続して債務者の冷菓製品等を運送してきたが、この間、債権者と債務者との間では、前記各運送契約書並びにこれらに付帯する運賃の協定書(昭和五六年四月一日付け、平成元年六月一日付け及び平、成二年一二月一日付け)が交わされた以外には、特に運送委託契約の更新手続がされたことはなかった(争いのない事実)。

(6) 債権者は、この間、昭和六二年には、債務者の本店の近辺に位置する大阪府茨木市に大阪事務所を開設したが、同事務所は、債務者の冷菓製品の運送業務ばかりでなく、同所にある常温倉庫を基点として青果物の運送業務も行っているものとみられる。

また、債権者は、債務者の要請により、平成四年三月から一年がかりで、その保有するトラック二三台のうち一七台に、輸送用パレットの積卸しを容易にするため、ジョロダー装備(パレット輸送用のレール装備)を設置し、その費用として約六五〇万円を支出した。もっとも、右パレットは、運輸省が推奨する規格品であり、また、右ジョロダー装備は、冷凍冷蔵品の運送業界ではかなり普及している一般的な装備であって、汎用性を有するものである。現に、右ジョロダー装備のあるトラックのすべてが債務者の冷菓製品等の運送業務に供用されたわけではなく、債務者のための運送業務に供用された車両は一二台であった。

さらに、債権者は、平成五年には、その発生する騒音のため、近隣住民からの要望もあって、本店を現在地に移転した。

(以上、争いのない事実、甲八、一三、乙一、債権者及び債務者審尋の結果)

(7) 債権者の債務者に対する平成四年一月から平成五年一二月までの二年間における月平均売上額は、二一四二万三四五二円である(甲一四)。

また、債権者が最上運輸及び仙南流通を履行補助者として行っていた運送業務のうち、往復とも又は往路若しくは復路に、債務者の冷菓製品等の運送を行っていた部分が占める割合は、平成五年二月から平成六年一月までの一年間の売上において、最上運輸及び仙南流通とも、おおむね六〇パーセント程度であり、それ以前も、ほぼ同様の比率であったとみられる(債権者審尋の結果)。

(8) 冷菓製品については、各メーカーごとに流通網が系列化されており、債権者が新規に本件契約と同規模の運送委託契約を締結することは事実上不可能である(債権者審尋の結果)。

(二) 債務者の契約終了の意思表示等

(1) 最近の長引く景気低迷・消費不振の中で、債務者の平成五年三月度決算は、売上高で対前年比横ばい、営業利益で対前年比一〇パーセント減となり、平成六年三月度決算は、さらに減収減益が見込まれていた(現に、債務者の平成五年九月度中間決算では、売上高で対前年比六パーセント減、営業利益で対前年比三〇パーセント減であった。)。そこで、債務者は、このような厳しい経営環境に対処するため、いわゆるリストラ(企業再編成)を検討せざるを得なくなった。そして、債務者は、経費の中で最大のウェイトを占める物流費に関する実情調査をしたところ、債務者の物流費が同業他社と比較して二〇から三〇パーセントも高くついており、かつ、物流過程の品質管理を含む機能水準も低いことが判明した。そこで、債務者は、物流費を削減し、物流を効率化し、かつ、物流過程の品質管理を向上させるためには、従前は全国で一八社の運送業者に個別に統括支店が委託していた工場から物流倉庫への長距離運送(広域運送)を、全国的な集中管理体制がとれる大手業者に一元化して委託することが必要であるとの結論に達し、平成五年一一月一九日、右一元業者として、冷凍品の物流業界では屈指のランテックを選定し、同社に平成六年四月一日以降広域運送を委託することを決定した(乙一)。

(2) そして、債務者の冷菓東北統括支店(東北支店)の支店長は、平成五年一二月二〇日、債権者の本店に赴き、債権者の取締役である最上俊春(最上俊春取締役)に対し、広域運送の一元化を決定した事情を説明した上、債権者に対する委託運送業務のうち広域運送の委託を平成六年三月三一日をもって打ち切ること、東北支店管轄内の卸店への配送及び営業倉庫間の転送業務(域内運送)については、同年四月一日以降も従前どおり債権者に委託したいこと、広域運送についても、債権者がランテックと業務提携して運行を継続できるようにすること、及び債権者が業務提携せず広域運送から撤退する場合は、車両の買取りのあっせん等の補償措置を講ずる用意があることなどを告げ、今後の話合いと協力を要請した。最上俊春取締役は、その日のうちに、債権者の代表取締役である最上俊一郎に対し、東北支店長から右のような告知があったことを報告した(甲一三、乙一、二)。

(3) その後、平成五年一二月二七日、債務者の本店において、債権者を含む七社の既存運送業者と債務者との交渉が行われ、債権者ら七社は、既存有志業者による大幅なコストダウン及び全国ネットワーク化を要望したが、債務者は、ランテック一元化の基本路線を変更せず、話合いは物別れとなった(甲一三、乙一、三)。

(4) 債務者(東北支店の物流業務担当者)は、平成六年二月一〇日、債権者の本店に赴き、最上俊春取締役に対し、債権者が広域運送をランテックと業務提携して行う場合の運賃の額について説明したが、その運賃額は、現行運賃額よりもおおむね三〇から三五パーセント程度低いものであり、債権者としては採算のとれない金額であった。なお、債務者の債権者に対する運送委託に係る全支払運賃のうち、広域運送分の占める割合は、おおむね六〇から七〇パーセント程度であった(甲一三、乙一、二)。

(5) 債務者は、平成六年三月一日、債権者に対し、委託運送業務のうち広域運送の委託契約を同年三月三一日をもって終了させる旨の同年二月二八日付け書面を持参して交付した。

そして、債務者は、平成六年四月一日以降、ランテックに対し、債務者の冷菓製品の広域運送を全国的に一元化して委託した。

(以上、争いのない事実、乙二)

(6) 債権者は、債務者の平成六年四月一日以降の域内運送業務の委託に対し、同年四月一一日付け書面をもって、広域運送を除外した域内運送のみの運送委託には応じられない旨の通知をし、同書面はそのころ債務者に到達した(甲一六)。

2 そこで、以上認定説示の事実に基づき、本件契約のうち広域運送に関する契約が平成六年三月三一日の期間満了をもって終了したか否かについて判断する。

債権者と債務者間の前記各運送契約書の契約条項中に「契約の有効期間は一年間とする。ただし、期間満了一か月前までに当事者のいずれからも別段の意思表示がない場合は、さらに一年間有効とし、じ後もこの例による。」旨の定めがあることは前記のとおりであるところ、債権者と債務者との間で初めて運送契約書が作成されたのは、昭和五三年四月一日であり、それ以前の一一年間(債権者が設立されてからでも七年間)は、運送契約書が一切取り交わされることなく運送委託が継続されてきたこと、菓子、食料品の製造及び売買等を主たる業務とする債務者にとって、本件契約の目的である冷菓製品等の運送委託は、恒常的に必要とされる取引であること、債権者と債務者との間でその後運送契約書が作成されたのは、昭和五六年及び平成元年の二回だけであり(それも平成元年はチャーター運送契約)、それら以外には、本件契約は特に更新手続がされることなく、昭和四二年以来二七年間(債権者が設立されてからでも二三年間)にわたって自動的に更新されてきたこと、債権者は、この間、最上運輸を買収し、仙南流通を設立し、大阪事務所を開設し、その保有するトラックにジョロダー装備を設置するなどしたが、これらの設備投資や事業活動は、専ら本件契約に基づく運送業務をより効率的に遂行することを目的としてされたとまではいえないが、少なくとも本件契約がその後もかなりの長期間にわたって存続することを前提としてされたものといえること、一方、債務者も、最近の景気低迷による営業利益の減少といった厳しい経営上の事態さえなければ、平成六年四月以降も依然として債権者との間に広域運送に関する契約を存続させたであろうと推認されること(以上、前記認定説示の事実による。)からすれば、本件契約においては、その有効期間は一年間と定められているものの、当事者双方とも、その後における経営状況の変化などによりいずれか一方が契約の存続を望まないといった特殊事情でも発生しない限りは、契約を存続させる意思であり、その意思を、契約書上「当事者のいずれからも別段の意思表示がない場合は、さらに一年間有効とし、じ後もこの例による」と表現したものと解される。

そして、以上の事実関係にかんがみると、本件契約は、期間の満了ごとに当然更新を重ねて、あたかも期間の定めのない継続的契約と実質的に異ならない状態で存続していたものというべきであり、債務者が債権者に対し平成五年一二月二〇日にした前記広域運送に関する契約を終了させる意思表示(広域運送契約終了の意思表示)は、右のような契約の一部を終了させる趣旨のもとにされたのであるから、その実質において解約の意思表示に当たり、その効力を判断するに当たっては、期間の定めのない継続的契約の解約の法理を類推するのが相当である。

そうすると、債務者が本件契約の一部をなす区間運送に関する契約を解約するためには、債権者に対し、相当の予告期間を置いて解約を告知することが必要であると解されるところ、本件契約に基づく運送業務が債権者の全業務中に占める割合は、その売上高において約六〇パーセントであり、そのうち広域運送分が占める割合は約六〇ないし七〇パーセントであること、債権者が新規に本件契約と同種・同規模の運送委託契約を締結することは事実上不可能であることは前記のとおりであるから、債権者は、広域運送に関する契約の終了によって、極めて大きな影響を受け、経営上深刻な事態すら招きかねないものと認められ、その他以上の諸事情を総合考察すると、右の予告期間は、これを六か月間とするのが相当である。

そして、債務者の広域運送契約終了の意思表示において定められた予告期間は、平成六年三月三一日までの三か月と一一日間であり、右の相当期間に満たないものであるが、右意思表示がされた平成五年一二月二〇日から相当期間である六か月間を経過すれば解約の効力を生ずるものというべく、したがって、本件契約のうち広域運送に関する契約は、同日から六か月間を経過した平成六年六月二〇日をもって、解約により終了したものといわなければならない。

なお、以上認定説示の事実関係のもとにおいては、債務者がした広域運送契約終了の意思表示が、自らの優越的地位を濫用した不公平な取引方法や権利の濫用に当たらないことは明らかである。

3  次に、本件契約があたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存続していたこと、債権者が、債務者の平成六年四月一日以降の域内運送業務の委託に対して、同年四月一一日付け書面をもって、債務者に対し、広域運送を除外した域内運送のみの運送委託には応じられない旨の通知をし、同書面がそのころ債務者に到達したことは前記のとおりであるから、本件契約のうち域内運送に関する契約は、平成六年四月一一日ころ、合意解約により終了したものというべきである。

4  よって、本件処分の被保全権利は存しないものといわなければならない。

三  争点(三)(保全の必要性の不存在)について

1  本件仮処分のうち地位保全の仮処分は、債権者が本件契約に基づき債務者から運送委託を受けるべき地位にあることを仮に定めることを求めるものである。

このような任意の履行を期待する仮処分は、債務者がこれを任意に履行する可能性がなければ、たとえ仮処分命令が発付されても、当事者の現在の地位・状態に何ら変化を来すことはなく、債権者の地位を保護するについて何ら実効性がないから、これを発付するためには、債務者に任意履行の可能性があることを要するものと解すべきである。

そして、債務者が平成六年四月一日以降、ランテックに対し、債務者の冷菓製品の広域運送を全国的に一元化して委託したことは前記のとおりであるから、債務者に任意の履行が期待できないことは明らかであって、本件契約上の地位保全の仮処分は、その必要性を欠くものといわざるを得ない。

2  債権者の損益計算書(甲一九の二の一ないし三)によれば、債権者の平成三年二月一日から平成六年一月三一日までの三年間における営業利益は、年平均で約一四八万円の赤字であることが一応認められる。

そうすると、債権者が平成六年四月一日以降も本件契約に基づき従前どおり広域運送業務を行っていたとしても、広域運送に関する契約の終了日である同年六月二〇日までに債権者が右業務によって得たであろう利益は、仮に黒字であったとしても、ごく少額にとどまるものと推認され、そのような少額の金員の仮払を認めても、債権者に生ずる著しい損害を避けることにはならないから、本件仮処分のうち金員仮払の仮処分もその必要性がないといわなければならない。

(裁判官橋本和夫)

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